MENU

メニューを閉じる
TOP
年間購読の
ご案内
ご購入
バックナンバー
取り扱い書店
大会情報
大会情報
> 一覧ページ > 1種(社会人) > 1種(大学・高専) > 2種(高校生) > 3種(中学生) > 4種(小学生) > 女子 > キッズ > フットサル > イベント(協会・その他)
コラム
> ウェブ掲載コラム > 大学サッカー通信 > フリースタイル
関連リンク
編集部
お問合せ

ウェブ連載コラム

ウェブ連載コラム

フットサル女子日本代表に選ばれる為に!

2019年04月03日
多田千優(ただ ちひろ) 

青森県八戸市出身
前所属:千葉学園高校
バルドラール浦安ラス・ボニータス(以下、バルドラール)入団8年目。

取材日:3月27日


 2016年に取材した多田は当時、バルドラール入団5年目。当時の彼女はチームの主力として活躍しており、今後の目標を「チームの優勝と日本代表に選ばれること」として日々奮闘していた。
 あれから2年。バルドラールのキャプテンを務めるなど経験を積んだ多田は、さらなる成長を志し、スペインでの挑戦を決めていた。



「監督から急に『キャプテンよろしく』と伝えられてびっくりしました」

 2018年シーズンを前にそう伝えられたという多田。もともとチームメイトに檄を飛ばして引っ張っていくような性格ではない彼女は、当初このキャプテン就任に動揺し、「正直まじかと思いましたし、最初は結構辛かったですね」と当時の心境を話す。

 さらにキャプテン就任当初のチーム状況は、決していいとは言えないものだった。

 「試合に勝てていなかったし、若い子も増えていたのでたびたび喝を入れなきゃいけないし、チーム全体をまとめないといけない・・・。キャプテンは本当に大変だと思いました。だからとりあえずプレーで引っ張っていこうと思って」

 慣れないキャプテンという役割と重責を一身に背負い、プレーでもチームを引っ張り続けた多田。辛い日が多かったいうが、当時を振り返ると「幸せな時間だったなと思います」という言葉も返ってきた。

 「他チームであろうとキャプテンをやっている人にアドバイスを求めたりしていたんですが、そうすると彼女たちが気にかけてくれるようになって。私はそれまでキャプテンを務めるプレッシャーなんて分からなかったので、単純にキャプテンをやっている人たちのことを尊敬したというか。それと同時に、バルドラールというチームでキャプテンをできるなんて、なかなか経験できないことだし、幸せなことだなと思ったんです」

 キャプテンの役割の大きさを自覚し、「一生バルドラールで過ごしたいとも思っていました」という多田だが、一転、スペインへの挑戦を決意する。その背景には、2年前とまっすぐに変わらない日本代表への想いがあった。

 「キャプテンを経験して、このままバルドラールで過ごすのもいいなと思っていたんです。でも、やっぱり代表に選ばれたいという気持ちが強くて・・・。私が代表に選ばれない一番の理由は、結果を出せていないことだと思います。バルドラールの監督には、『ディフェンス時の強さが足りない』とアドバイスをもらいました。まだまだ私には足りないものがあることを理解した上で、スペインに行って、自分を磨いていきたいと思っています」

 スペインへの移籍は、代理人を通して掴んだ3ヶ月間のセレクション行脚でその可否が決まるという。女子フットサルリーグが3部まであるスペインで、1部のプロ契約を獲得するのが多田の目標だ。そしてその先に、日本代表という悲願がある。

 「自分が代表に入って活躍することしか今は考えていません。今年26歳になるのですが、30歳までには入りたいと思っています。現代表には20代前半の選手が多いんですが、とにかく諦めたくないんです。日本代表に選ばれて活躍したいんです」

 多田は、勤めていた会社も理解を得て退社。3ヶ月という短期間にすべてを懸けるという、まさに不退転の決意でこの春を迎える。

 「自分の欲求に素直に行動したいです。今自分が世界の中のどのレベルにいるのか、日本代表に選ばれるために足りないものは何なのか。自分と向き合って、しっかりと現状を把握して、未来へチャレンジするためのスペイン行きです」


多田千優 ただ ちひろ

青森県八戸市出身
1993年8月24日生まれ
145cm 40kg
経歴
青森県八戸市青潮小学校→ナカスポ→湊中学校→ナカスポ→千葉学園高校




青森ゴールVOL.44 特集”県出身者たちの活躍を探る”
バルドラール浦安ラス・ボニータス-多田千優-編を掲載しました!
https://aomori-goal.com/info/?sc=170307_171019&ct=0001




多田がバルドラールにチャレンジするきっかけは、千葉学園在学中に、フットサル全国大会でバルドラールとの試合だった。当時のフットサル女子日本代表監督の在原正明さんに多田選手の印象をお聞きしました。






Q 多田選手を最初に見たときの印象は?

多田選手は小柄ながらも確かな技術と身体的そして知性という両面でスピーディな選手でした。特に集中力やプレーの狙いが途切れることなく連続的にプレーすることができる良い傾向を持った選手の一人として印象に残っています。

Q バルドラールに入団して成長した部分は?

多田選手がバルドラール浦安ラスボニータスで主力の一人となるころには、生まれながらのフットサル選手といっても疑いの余地もないほどの選手へと成長していました。以前はアクションの連続性はありましたが、目まぐるしく変化するゲームサイクルの中で戦術的な意図を仲間と連携させながらプレーを連続させていくといった面は適応していく必要があったと思います。そういった面でのパフォーマンスが浦安に入団したことによる成長と捉えられるのではないかと思います。

Q 多田選手は日本代表になることが目標で、海外でのチャレンジも代表に入る為と聞きました。
そこで、代表選手になるための課題は?

残念ながら当時の日本女子代表へ召集する機会はありませんでしたが、彼女は常に選考の対象に値する選手でした。矛盾するようですが代表選手になるために当時何かが足りなかったとは思いません。しかし、当時の女子代表が戦う大会の競技レベルと国内のそれの間には少なくない違いがありました。それゆえ、フットサルはフィジカルだけのスポーツではないとはいえ、体が小さく、競技歴も短い多田選手が活動日数の少ない代表に召集されるには難しい状況だったと思います。ただ現在は、選手としても成熟し、かつ海外リーグというより競争が厳しい世界に環境を移すという背景が彼女の目標である代表レベルへ到達することを助けることになると思います。 私には彼女のプレーについて何かを論じることはフェアではないので課題を挙げることは避けますが、国際レベルの競争力を身に着けるために、今後は自分が思い描く理想のゲームを期待せずに、目の前の試合がチームへ要求してくるプレーを受け入れ、そこへ多田選手のできることを適応させながらピッチで生きることができるようになることは非常に重要なことかと思います。

Q スペインでのチャレンジに向けての応援コメント

フットサルは感情豊かなスポーツです。異国の地の異なる文脈の中でプレーすることはフットサル選手としての成長を保証するものではありません。しかし、その人の人生を豊かにしてくれます。海外から届くニュースが青森の皆さんをワクワクさせることもあれば、日本から届くニュースから選手が勇気や活力を得ることも多くあるでしょう。今回の多田選手の偉大な決断が、ご本人にとってはもちろん、これまで応援されてきたご家族やチームメイト、コーチや多くの方々の絆を深め、さらなる希望が生まれる素晴らしい挑戦になることを心からお祈りしております。



Profile ありはら・まさあき
2010年から女子フットサル日本代表を率いる
第4回アジアインドア・マーシャルアーツゲームズで大会3連覇を達成
代表監督の傍ら、フットサルの普及、発展に尽くす

JFA公認フットサル指導者インストラクター
指導歴
2007年〜2009年 バルドラール浦安フットサルスクールコーチ
2007年〜2009年 バルドラール浦安通訳兼アシスタントコーチ
2009年〜 JFAフットサル指導者講習会インストラクター
2009年〜2012年 フットサル日本代表通訳兼コーチ
2010年〜 フットサル日本女子代表監督
2018年〜ヴィッセル神戸 アカデミー部 通訳

BACK NUMBER


  • AOMORI GOAL VOL.86

  • 2024 青森山田高校 2冠達成記念号

  • AOMORI GOAL VOL85

  • AOMORI GOAL CUP 2023 特別号

  • AOMORIGOAL VOL.84

  • AOMORI GOAL VOL.83

  • AOMORI GOAL VOL.82

  • AOMORI GOAL VOL.81

  • AOMORI GOAL VOL.80

  • AOMORI GOAL.VOL.79