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3月1日に発売した最新号「AOMORI GOAL VOL.98」 第一特集の「県出身者が挑んだ全国大会/全国大会に挑んだ県代表チーム」から工藤渚斗 (興國高校)の記事を紹介します。
2026年03月22日
3月1日に発売した最新号「AOMORI GOAL VOL.98」
第一特集の「県出身者が挑んだ全国大会/全国大会に挑んだ県代表チーム」から工藤渚斗 (興國高校)の記事を紹介します。
興國高校
工藤渚斗
苦しい思いが多かった高校3年間を糧に
大学でプロを目指す
ベスト8で終えた全国大会を振り返って感想をお願いします。
学校としては歴史を変えることができました。全国大会で1回も勝ったことがなかった歴史を、自分たちの代で変えることができたことはすごくうれしかったです。自分はこの大会、2試合、合計20分くらいしか出ていませんが、あの景色は自分の中でいい経験になりましたし、これからプロになるのであれば、選手権より観客が多い中でやらないといけないので、もっと成長しないといけないと感じました。自分のプレーに関しては、本当に緊張しました。それでもピッチに入ってしまえば、楽しい気持ちが勝ちました。20分しか出られなかったことは悔しいですが、本当に素晴らしい舞台でサッカーができて幸せでした。
今後に向けて、この大会で感じた課題を教えてください。
大きなスタジアムでサッカーをして、距離感とかが結構難しかったです。あとは、大声援のなかでは声が全く通らなくて指示も聞こえませんでした。なので、練習から難しいシチュエーションを想像しながらやっていかないと駄目だと感じました。
中学校から高校に進学するにあたって、色んな選択肢があった中で、なぜ興國高校に進学を決めたのですか?
プロ選手を一番多く輩出している高校はどこなのかを、自分でネットとかで探していました。そのなかで興國高校が出てきて、育成のところに力を入れているというのを見て、高卒プロを目指して入学しました。
大阪という地に行くことで、環境がガラリと変わる状況に不安はありましたか?
ありました。本当に不安だらけでしたが、友達が仲良く接してくれてすぐに馴染むことができました。関西弁も全然うつらなかったです。まぁ、少しは喋りますけど、津軽弁の訛りが取れなくてみんなから「訛りすごいね」と、最後まで言われていました(笑)。
興國高校での3年間を改めて振り返ると、どんな高校生活でしたか?
本当に苦しい期間が多かったです。1年の頃は怪我でほぼサッカーができませんでした。入学前に両足の第五中足骨を骨折して手術をした影響で、自分だけ遅れて合流しました。そこから復帰して、1年の頃は本当に記憶がなくて、2、3ヶ月ぐらいしかサッカーしてないです。