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那俄牲海・田中将勢・武田英寿 ~青森山田で共に歩んだ彼らの6年間~

2020年03月27日
 第98回全国高校サッカー選手権大会準優勝。連覇を成し遂げることこそ叶わなかったものの、青森山田高校は2年連続のファイナリストという輝かしい結果を残した。
 この大会の登録メンバー30名の中で、青森山田中学校出身で6年間を共にした3年生は、那俄牲海、田中将勢、そして武田英寿キャプテンの3名。(※浦川流輝亜は3年生の夏に青森山田中に転入)
 6年間、頂点を目指して切磋琢磨し、苦楽を共にしてきた彼らの思いとは。

(取材日:2020年1月16日)

 青森山田中学校は2016年8月、富山県で行われた第47回全国中学校サッカー大会で優勝。3人は大会優秀選手にも選ばれた。(写真左から、那俄牲、田中、武田)


 彼らが入学した年から青森山田中の全国中学校サッカー大会連覇は始まっていたが、武田英寿がキャプテンとなったこの代は、「100%力を出しても全国大会初戦を勝てるかどうか」と指揮を執る上田大貴監督も危惧するほど、全国大会を勝ち抜くのは難しいと思われていた。しかし、奮起した選手たちは大舞台で躍動。猛暑の中5連戦を勝ち上がり、大会3連覇を成し遂げた。

「前線に那俄牲がいて、中盤がヒデ(武田英寿)、自分が最終ラインで、縦の連係はこの3人で引っ張っていこうとずっと思っていました」(田中)
「自分たちの代は弱いと言われていました。『こんなんじゃ優勝できない』『高円宮杯も出られないだろう』とか言われてきて悔しかったです。悔しい思いをした分、『みんなで頑張ろう! 絶対優勝しよう!』となりました」(那俄牲)
「上の代がとても強くて、全部上の代と比べられ、自分的に腹も立っていたし、やってやろうっていう気持ちもありました。でも自分たちの代は問題も多くて、何かあったらすぐミーティング、練習してはミーティング、みたいな感じで、中3の時は『ミーティング部』と言われていたくらいでした。『無理だ』と言われてきた中で、ヒデを中心にチームもまとまってきて団結していたので、全中に入ってからは負ける気がしなかったです」(田中)


 遠く岡山県から、青森山田中の門を叩いた那俄牲海。彼にとって、青森山田の印象はどのようなものだったのだろうか。
「まず挨拶や、礼儀正しいという印象がありました。自分も礼儀正しい人になりたいというのがあって、6年間を通じて人間性などを学べて良かったです」

 わずか12歳で、自ら選択した決意の旅立ち。それでも、いざ家族と離れ離れになってみるとその辛さは想像以上で、入学早々辞めたくなってしまったという。
「入寮した次の日に入学式があって、その次の日に学校が始まるとなった時に、『学校に行きたくない、家に帰りたい』と、ずっと泣いていました。離れてみたらやっぱり辛くて。体調が悪いふりをして寮で休んでいました。そういうことがありましたが、2個上の先輩が自分に良くしてくれて。お兄ちゃん的な存在になって仲良くしてくれたので、それからは大丈夫でした」
 全中優勝の翌年、青森山田高校の1年生を主体とした青森県少年男子チームは、愛媛県で開催された国体で県勢初のベスト4進出を成し遂げる。武田、那俄牲、田中もこの時中心選手として活躍した。
「1年目は国体がありましたが、2年生の時はメンバーに入れなくて、悔しい気持ちでやっていました。高校3年生では絶対にメンバーに入ろうと思って頑張ってきたので、(メンバーに入れて)良かったです」
 2年生の時は目立った活躍を残せなかった那俄牲だが、3年生になるとプリンスリーグでレギュラーを張る一方、プレミアリーグでも交代のカードとして欠かせない存在に。最初の中断期間以降はプレミアリーグに専念し、計13試合に出場。最後の選手権でも4試合でピッチに立った。
 あらためて中学・高校での6年間を振り返り、那俄牲は恩師への感謝の思いを口にする。
 「上田監督や黒田監督には本当に6年間お世話になりました。もし出会わなければ今の自分はないと思うので、人間としても、サッカーでも成長させてくれたと感謝しています」

 4月からは作新学院大学に入学しサッカーを続ける那俄牲。「この6年間関わってくれた方々に恩返しをするためにも、プロになれるように大学で4年間頑張りたい」と目標を語った。

 小学生時代は福田SSSでプレーした、青森市出身の田中将勢。中学から兄も通う地元の名門・青森山田に入学するにあたり、強い衝撃を受けたという。
「練習風景を見ていたら、スピード感が全く違いました。そこが山田の強みだなと思いましたし、挨拶、礼儀もトップレベル。誰に対しても必ず立ち止まって挨拶するというのがすごくて、びっくりしました」

 青森山田中の全中初優勝メンバーだった4歳上の兄・優勢は、高校では2年生からトップチームで出場機会を得てインターハイでベスト4。3年時はレギュラーとしてプレミアリーグ2位、選手権ベスト4に貢献した。結果を残してきた兄とは比べられることも多かったというが、夜遅くまで自主練習に励むも結果が出ず、「自分の実力はこんなものか」と落ち込んでいた田中を助けてくれたのは兄だった。
「兄に相談したら、『誰かしら周りにいる人が、お前の努力を見てくれている』ということを言われたのが一番の救いでしたね。それでまた頑張ろうと。頑張って、兄を超えようという気持ちになりました」
 高校2年目はBチームでプリンスリーグ13試合に出場し手応えを得る。しかし、勝負の3年目。肩の負傷で春先に行われるサニックス杯には行けず、インターハイの前にも骨折し、またもメンバーからは外れた。レギュラー格だったプリンスリーグでも出場機会は減り、プレミアリーグへの出場は叶わなかった。
「自分の3年目は怪我しかしていなくて、悔いが残っています」
 そんな田中を支えたのが、武田や那俄牲からの「最後、(高校選手権でのメンバー入りを)待ってる」という言葉だった。
「それが自分の中ではすごく嬉しくて。それで頑張って、最後の最後に選手権メンバーにも入れてもらいました。その後に、海とヒデから肩を組んで『待ってた』って言われて。やっと山中からの3人が揃って、すごく嬉しかったです」
「中学校3年間は、上田監督にはサッカー面も生活面もすごく教えてもらいました。高校では黒田監督に(直接)教えてもらうことは少なかったですが、監督の言うことの一つひとつが凄いなと思いました。言っていることが全部正しくて、すごく自分の中では大きな刺激になっていたので、大学でもその言葉を胸に頑張ろうという気持ちになりました」
 そう話す田中は生まれ育った青森の地を初めて離れ、今春から名古屋産業大学に進む。
「ヒデに負けないくらい頑張ってプロになろうと思います。6年間やってきた仲間が違う所で頑張っているので、自分も負けたくない」
 プロという目標を先に叶えた仲間の姿は、田中を奮い立たせる。そして、これからも共に歩む心強い仲間と、一番身近なライバルであり同志でもある兄弟の存在が彼の支えとなる。
「中学から6年間一緒で、中学ではずっとセンターバックで組んでいた太田海地とは大学でも一緒なので、切磋琢磨して頑張っていきたいと思います。今まで支えてくれた人たちにまだ恩返しできていないので、まずは大学で結果を出し、インカレ出場を狙いたいです。
一番の目標は、兄を超えるということ。あとは今度高2になる弟がいるので、弟の刺激になれればと思っています」

 高校最後の大会である選手権を終え、この取材から数日後にはJ1浦和レッドダイヤモンズに合流した武田英寿。青森山田中からの6年間を振り返り、一番印象に残っている出来事について問われると、「やっぱり最後の選手権です。最後の大会なので優勝したかったですけど、決勝まで行けて、日本一長く戦えて良かったです」と答えた。
「目標であったプロになれたのも、本当に黒田監督だったり正木コーチ、上田監督のおかげだと思います。色々な経験をさせてもらって本当に感謝しています」

 国体以外は目立った結果を残せずに終わった高校1年目。徐々に頭角を現し、「絶対プロにならないといけない」、そう強く意識し始めた高校2年目。そして主将としてチームを牽引した3年目の圧倒的な存在感、めざましい成長と飛躍は改めて言うまでもないだろう。
 山田中時代を改めて振り返り、「中学校でもキャプテンでしたが、本当にきつかったです。周りがやんちゃで、全然言うことを聞いてくれなくて大変でした」と話した武田。那俄牲曰く、「自分たちが言うことを聞かなくて、問題を起こすと必ず怒られるのはヒデなんです」とのこと。ずば抜けた技術を持つものの、性格的には先頭に立って人を引っ張るようなタイプではなかった武田が、やんちゃ盛りのチームをまとめる苦労は相当なものだったに違いない。だがこの経験は確実に武田を成長させ、再びキャプテンとなった3年後にはチームを高円宮杯U-18プレミアリーグ優勝へと導いた。

 青森山田高校サッカー部の3年生たちは、数えきれないほど多くの思い出を胸に、3月1日、学び舎を巣立っていった。同じ夢とボールを追いかけて切磋琢磨し、濃密な時間を過ごしてきた仲間たちとの強い絆は、この先も変わることなく続いていくだろう。
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